01. キューエコビレッジ (Kew Eco Village) 滞在記


2008年7月の終わり頃、僕はロンドンの南の外れにある小さな駅に降り立った。キューブリッジ(Kew Bridge)という名前のその駅の周囲には、ロンドンのありふれた安っぽいビクトリア調のレンガの二階建て労働者住宅が並んでいる。産業革命の恩恵なぞ庶民にとってはしょせんこんなものさ、と言わんばかりのくたびれたその町並みをテムズ川方面に下って行くと、キュー王立植物園へと渡る橋と川に囲まれた三つ又の交差点の一角に青く塗られた木製の塀で囲われた土地が見えてくる。ここは30年以上地元の不動産会社によって高いフェンスに囲われ「塩漬け」されてきた土地だった。そしてこの土地は、7月6日の明朝にフェンスのドアの施錠を破り敷地に入り込みテントを立てた20数名のアクティヴィスト達の行為 (Action) よって世間の注目を集める事になる。この見捨てられた土地を文字通り「占拠 (Occupy)」し「キューエコビレッジ (Kew Eco Village) 」と名付けた人々の話をロンドンの友人から聞き、僕は一度直接その場所を見てみたいと、テント持参で生まれたばかりのキューエコビレッジを訪問したのだった。

 この土地をオキュパイしたのは「Land Fast」とい名前を持つアクティヴィストグループのメンバー達であり、彼ら、彼女らは自分たちのことを「Diggersの子孫たち」だと自称していた。Diggersとは16世紀イギリスで「共有地(Common Land)」として農民達が共有してきた土地を「囲い込む (Enclosure)」貴族や荘園領主たちに反対し、塀で囲われ、私有化された領地に入り込んでは、植物や野菜の種を植えるために穴を掘るというアクションを行っていた人々のことである。アンリ•ルソーが言うように、初めに土地に境界線を引き、そこを私のものだと主張した人々が、コモンとしての大地の占有と私有化を行い、彼らの強欲さが産業革命と資本主義の本源的蓄積を可能にしたのであれば、このような根本的な不平等の源泉に対して異議申し立てを行い、大地の「解放」を企てた人々がDiggersであったと言えるだろう。そして、21世紀のある日、ロンドンの南の小さな土地は、このDiggerの精神を受け継いだ人々によって再び「コモンの大地」へと姿を変えようとしていた。

不動産会社の青いフェンスのゲートをくぐり抜け、僕がまず最初に目にしたのは、廃材で作られた小さな監視所兼受付小屋、そして荒れた小山のそばで土地を耕し庭作りをしていた人々の姿だった。若い女性、初老の男性、子供たちが一緒になって、土を掘り返し、自分たちで集めた苗や植え、種を蒔き、ゴミを片付け、廃材を整理したりと活発に動き回っていた。そこはすでに単に地価をつり上げるために放置された「空き地」ではなく、人々が集い、共に働く場所へと変化しつつあるようであった。アクティビストたちはこの土地を囲っていたフェンスをこじ開け、自分たちのテントを張った後に、すぐさま次の仕事に取りかかっていたのだ。その仕事とは、この荒れ果てた土地を人々が共有可能な「コモンの庭」に変えることであった。そしてそれは、2010年5月に不動産会社の提訴した裁判によって違法とされ、警察による強制排除が行われるまでの約1年間存続していた。

ここでとても簡単に、僕が経験したこの庭作りの初期のある一日について記したいと思う。朝日が昇る頃にはすでに起き始め、テントから出て来て、昨晩のたき火の残り火に新たな薪をくべ、おんぼろのヤカンで湯を沸かし紅茶を入れる。食材を保管している倉庫からパンやジャムを取り出して来て、簡単な朝食を採る。紅茶で一息ついた後に、皆で集まってミーティングを始める。この土地の真ん中には、ブリコラージュとしか言いようのない寄せ集めの材料で組み立てた屋根付き半円形の集会所が立てられ、拾って来たソファーや本棚が備え付けられ、人々の集いや、食事、休憩の場所となっていた。ミーティングでは、その日の仕事の内容、どのような場所にしていくのかというアイデア、提案を巡る話し合いが行われていた。敷地のスケッチには、庭や畑の配置図が記され、それぞれ何を植えるのか、その場所で生活するために必要なものをどのようにそろえるのか、誰がその仕事を担当するのかについて皆で議論し、合意に至るとそのまま各自が仕事に取りかかった。

昨晩に夕食で使った皿を洗う人。キッチン窯を泥とレンガで作る人。公園の公衆トイレからホースを使って食事や飲料用の水をポリタンクに溜め込む人。庭に撒く水を近くの川に汲みに行く人。近くの公園から小枝を拾い集めに行く人。この場所の仕事は、占拠している人々の生活の為の労働(食事、皿洗い、食料探し)以外は、そのほとんどが庭作りに割り当てられていた。レンガや小石で小道を作り、その両側に小さく区画された畑を作る。古タイヤの中に土を入れ、そこにトマトを植える。生ゴミを堆肥にする。道で拾った壊れたベッドをひっくり返し土を入れ、そこにハーブ類やセロリを植える。大人も子供も、誰もがこの場所にきて、自分たちのやり方で、この庭作りに加わろうとしていた。

この中で、とても印象に残っている作業が一つある。元工場跡地だというこの土地の表面は、雑草が生い茂り、固く、そして所々には、何やら柔らかいアスファルトのようなものが敷き詰められ、土地の表面を覆っていた。最初の仕事として僕が任されたのは、ツルハシを使ってこのアスファルトもどきを割り、引きはがすことだった。僕は、ツルハシを大きく振りかぶって振り下ろし、このアスファルトもどきを割る。その柔らかいこの人工物は面白いように砕け、そして徐々に覆いかぶされていた大地が自分の足下から顔をのぞかせていった。それはまるで、自分がツルハシを振り下ろす度に新しく大地が生まれてくるかのようでもあった。この労働の経験は、自分がいままでどれほど土とかけ離れてしまっていたのかという驚きと、それでも、アスファルトを引きはがしその下に埋もれていた大地と対面することが出来るのだという、ある種新鮮な喜びを与えてくれたのだった。大地を大気に触れさせ、世界そのものへと戻していくこと。それは、資本主義の次の世界の労働と暮らしのあり方が始まる地平を準備するための労働/仕事であるように思えた。

昼ご飯の準備をした後は、再度集会所に集まって昼食をみんなで食べた。午後は、すこしのんびりしつつ自分たちのアクションについて道行く人たちに知らせる為のバナー作りや、味気ないフェンスの裏側にカラフルな絵を描いたり、連帯のメッセージや、庭作りで思いついたアイデアを書き込んだりもしていたが、それらもこのコモンの庭への想像力を共同的に産出する創造的かつ重要な仕事だった。庭作りの仕事も、そこでの暮らしのための労働も、どれを自分が担おうとするのかは各人の意思、希望、技能によって毎回変わっていったし、誰も他の誰かに対して命令したりはせずに、各自が必要だと感じた時にそれを実行に移す、もしくは他の人に協力を要請するという形で進められていった。ある時、腰掛けれるトイレが欲しいという話を受けて、工作の得意なメンバーの一人が、捨てられた木製の化粧台を改造して、腰掛けることのできる簡易トイレを一日で作り上げたことがあった。それは、賃金の為ではなく、共に生活していく場を作り出すために贈与としてなされた手仕事であり、私たちはお金を支払う代わりに、このトイレを作ってくれた彼に感謝を伝え、彼の仕事について話し合い、彼の名前と共に記憶に留めておくようにしたのだ。

夕方頃には、話を聞きつけた近所に住む人たちがやってきて、この場所で犬を連れて散歩したり、占拠者たちとこのアクションの意図や目的について議論したり、小さな苗木や植物の種を持ってきてくれたりもした。地元の高校生たちは放課後にこの場所に遊びに来て、そのまま庭作りを一緒になって手伝ったりもしていた。暗くなる頃には、夕食の準備を皆ではじめ、ビーガン料理の下ごしらえや、盛りつけを手伝ったりした。

夜は集会所に集まり、火を炊いてお茶を沸かし、夕食を共に済ませたあとは、人々はその日の出来事や、庭作りの進行状況、警察の介入への対策、そしてイギリスや他の国々の社会問題や運動の状況等を話し合った。誰かがギターを弾き始め、歌が自然と生まれて来る。大都市ロンドンの星空の下で、資本主義的消費生活とは異なる生活のあり方がすでに実践されていたのだ。何人かはバックパックを背負い、自転車に乗って次の日の食料を商店街やスーパーのゴミ箱から次の日の食料を探しだす支度をしていた。「Skipping」と呼ばれるこの都市の狩猟採集術は、食品廃棄物の集まるポイントを地図にして巡ることで、パン、野菜、果物、そしてデザートまでほとんどの食料を揃えることができた。都市の中では食料は買うものであるとする思考を覆されると同時に、都市の中でどれだけの豊かな食料がゴミとして打ち捨てられているのかを目の当たりにする経験だった。

このキューブリッジで出会ったDiggersたちの恊働と暮らしは、「人間的な仕事」を考え、実践するための一つのヒントを差し出しているように思う。アスファルトを引きはがし、大地を所有せず、あらゆる人々と生き物が恊働する場としての「コモンの庭」を作ることは、賃金の獲得を動機とする労働ではなく、この大地と再び有機的に結びつき、共に生活をすることを実現させるための新しい仕事/遊戯(Work/Play)のあり方を予示しているのではないだろうか。そして僕たちがそうでありたいという世界を思い描き続ける限り、この抵抗と創造の地下水脈は、過去、現代そして将来のDiggers達に脈々と受け継がれ、この世界の現実を変えていく契機を絶えず生み出していくのだと思う。

Website of Kew Eco Village: http://kewbridgeecovillage.wordpress.com

Video "How to live without money" : http://www.youtube.com/watch?v=339Xfbm_LkM