HongKong Bus Panorama

香港国際空港に到着すると、そのままバスのチケット売り場で 「A21」のバスの片道切符を買う。A21は、空港からランタオ島を抜けて、青馬大橋を渡り九龍のホンハムに向かう2階建てバスで、本数も多く香港市街へ のアクセスには一番良い。バスの急な階段をのぼり、一番前の席に足をかがめながら腰掛ける。僕にとってこの席は、香港に到着して最初にこの巨大都市の一大 パノラマ演劇を観るための特等席みたいなものだ。ランタオの緑の山々を抜けて、青馬大橋の右手にある高層住宅群を眺めていると目の前の車の列がゆるやかに カーブしながら九龍半島へと流れ込んで行く。西側には夕暮れの光と排気ガスでオレンジ色にもやがかった葵青コンテナターミナルの巨大なコンテナブロックが 何層にも積み上がっている。映画ブレードランナーに出てくるタイレル社の巨大ピラミッドみたい。青沙公路を降りて一般道に下って行くと、バスの窓の下から 歩道を歩いている子供たちとお母さん、ガードレールに腰掛けて休憩している建設作業員、荷車を引いているおばあさんたちの姿が眼下に入ってくる。バスの前 景に映し出された巨大港湾都市香港のイメージはここでスピードと共にスケールダウンして、人々が生活を営む場としての香港へと入り込んでゆく。

  さらに南下し、九龍を南北に貫く彌敦道に入っていくと、バスは渋滞の中、小道をのろのろと進んだり立ち止まったりを繰り返すようになる。狭いブロック塀を 通り抜けるのに苦悶する巨像のような2階建てバス。両側には香港映画のイメージそのままの50年代風ショップハウス(1階が店舗、2階以上が住宅)、そし て香港式横長看板の色とりどりの波長が眼前に押し寄せてくる。時には車上すれすれにまで看板が突き出していて、自分にめがけて突進してくるかのような錯覚 に陥る。無数の文字と色彩が次々に視界に飛び込んで来てはガラス窓を突き抜けて網膜にショックを与え、電気信号へと変換され視神経の回路を走り抜ける。く すんだピンクやエメラルド色をしたショップハウスの外壁には四角いクーラーの室外機がフジツボのようにこびりついていて、上の階と下の階の間には飴細工の ように細い鉄製の窓格子がはめ込まれている。ショップハウスのこのような外観は横長看板と同じように、見る者にかすかな不安を想起させる。それは自身のボ リュームや面積に不釣り合いなくらいにもろく繊細な陰影を内包している。バスのガラス窓には、香港のコンクリートビルの森と路上の人々の密度が儚い切り子 細工のように浮かびあがっては眼前を過ぎ去ってゆく。